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横浜地方裁判所 昭和50年(ワ)1792号 判決

原告 甲野春子

〈ほか二名〉

右原告三名訴訟代理人弁護士 永野謙丸

太田夏生

真山泰

小谷恒雄

被告 乙山花子

〈ほか一名〉

右被告両名訴訟代理人弁護士 杉原尚五

須々木永一

主文

一  被告乙山花子は、横浜地方法務局所属公証人甲原杉夫の作成にかかる第三五五三号(昭和四十六年)同年九月九日付遺言公正証書による訴外亡乙山太郎の遺言が無効であることを確認せよ。

二  被告乙山花子は、別紙物件目録(一)、(三)記載の建物につき、原告三名が各九分の二宛の割合の共有持分権を有することを確認せよ。

三  被告乙山花子は、別紙物件目録(二)、(四)記載の宅地借地権を原告三名が各九分の二宛の割合をもって準共有することを確認せよ。

四  被告乙山花子は、原告三名に対し別紙物件目録(一)記載の建物につき横浜地方法務局神奈川出張所昭和四九年四月八日受付第二三三〇九号をもってなされた所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

五  被告乙山花子は、原告三名に対し別紙物件目録(一)、(三)記載の建物につき、昭和四九年三月五日相続を原因とし、原告三名につき各九分の二宛の割合の共有持分権移転登記手続をせよ。

六  原告らの被告乙山花子に対するその余の請求並びに被告戊田松夫に対する請求を棄却する。

七  訴訟費用中、原告らと被告乙山花子との間に生じた分はこれを三分し、その二を同被告の負担とし、その一を原告らの負担とし、原告らと被告戊田松夫との間に生じた分は原告らの負担とする。

事実

第一当事者双方の求めた裁判

一  原告ら

(主位的請求)

(一) 被告乙山花子は横浜地方法務局所属公証人甲原杉夫の作成にかかる第三五五三号(昭和四十六年)同年九月九日付遺言公正証書による訴外亡乙山太郎の遺言が無効であることを確認せよ。

(二) 被告乙山花子は別紙物件目録(一)、(三)記載の建物につき、原告三名が各自三分の一の割合の共有持分権を有することを確認せよ。

(三) 被告乙山花子は別紙物件目録(二)、(四)記載の宅地につき、原告三名が各自三分の一の割合の借地権を準共有することを確認せよ。

(四) 被告乙山花子は原告三名に対し別紙物件目録(一)記載の建物についての昭和四九年四月八日横浜地方法務局神奈川出張所受付第二三三〇九号所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

(五) 被告乙山花子は原告三名に対し別紙物件目録(一)、(三)記載の建物につき、昭和四九年三月五日相続を原因とし、原告三名につき各自三分の一の割合の共有持分権移転登記の手続をせよ。

(六) 被告乙山花子は原告三名に対し別紙物件目録(一)、(三)記載の建物から退去して、これを明渡せ。

(七) 被告乙山花子は原告三名に対し各自金二七八万九一一三円及びこれに対する昭和五四年七月一日から完済に至るまで年五分の割合の金員を支払え。

(八) 被告乙山花子は原告三名に対し昭和五四年七月一日から前記(六)の建物明渡済みまで毎月末日限り各自金五万一六六六円宛を支払え。

(九) 被告戊田松夫は原告三名に対し別紙物件目録(三)記載の居宅についての昭和三九年三月二六日横浜地方法務局神奈川出張所受付第一二二九二号所有権保存登記の抹消登記手続をせよ。

(一〇) 訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに(六)、(七)、(八)につき仮執行の宣言。

(予備的請求)

(一) 被告乙山花子は別紙物件目録(一)記載の居宅につき、原告三名が各自二三五六万七〇〇〇分の六〇一万七二八九の割合の共有持分権を有することを確認せよ。

(二) 被告乙山花子は別紙物件目録(二)記載の宅地につき、原告三名が各自二三五六万七〇〇〇分の六〇一万七二八九の割合の借地権を準共有することを確認せよ。

(三) 被告乙山花子は原告三名に対し別紙物件目録(一)記載の居宅につき、昭和四九年五月一一日付遺留分減殺請求を原因とする原告一名につき各自二三五六万七〇〇〇分の六〇一万七二八九の割合の共有持分権移転登記手続をせよ。

(四) 被告戊田松夫は原告三名に対し別紙物件目録(三)記載の居宅についての昭和三九年三月二六日横浜地方法務局神奈川出張所受付第一二二九二号所有権保存登記の抹消登記手続をせよ。

(五) 被告らは別紙物件目録(三)記載の居宅につき、原告三名が各自二三五六万七〇〇〇分の六〇一万七二八九の割合の共有持分権を有することを確認せよ。

(六) 被告らは別紙物件目録(四)記載の宅地につき、原告三名が各自二三五六万七〇〇〇分の六〇一万七二八九の割合の借地権を準共有することを確認せよ。

(七) 被告乙山花子は原告三名に各自金一二二万六一六六円及びこれらに対する昭和五二年八月一日から完済に至るまで年五分の割合の金員を支払え。

(八) 被告乙山花子は原告三名に昭和五二年八月一日から毎月末日限り各自金三万九五七五円宛を支払え。

(九) 訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに(七)、(八)につき仮執行の宣言。

二  被告ら

(一)  原告らの主位的請求並びに予備的請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

(主位的請求の原因)

(一) 原告三名は、被相続人亡乙山太郎(明治三二年四月二一日生、昭和四九年三月五日死亡)の実子である相続人であり、原告甲野春子(昭和四年一月三〇日生、同四八年三月二七日甲野春夫と婚姻)は右太郎とその先妻亡乙山ハナ(明治三九年生、昭和二四年七月二五日死亡)との間の長女、原告乙山一郎(昭和一〇年三月一五日生、同四五年一一月七日乙海一枝と婚姻)は同じく長男、原告丙川夏子(昭和一七年二月八日生、同四二年一一月六日丙川夏夫と婚姻)は同じく二女であり、被告乙山花子(大正四年五月二一日生)は昭和二五年八月二九日に右太郎と婚姻した後妻であり、被告戊田松夫は被告乙山花子とその先夫亡乙田松太郎との間にできた長女松子(昭和一五年四月生)の夫である。

(二) 亡太郎は、昭和二九年三月二二日に、別紙物件目録(二)記載の宅地上に存する同目録(一)記載の居宅(以下母屋と称する)と同目録(四)記載の宅地上に存する同目録(一)記載の附属建物(以下物置と称する)を、同目録(二)、(四)記載の借地権付きで他から買入れ自己の所有とし、また昭和三九年三月一七日に別紙物件目録(三)記載の居宅(以下プレハブと称する)を同目録(四)記載の宅地上に建築してこれを自己の所有とした。

(三) 亡太郎には同人の嘱託により、横浜地方法務局所属公証人甲原杉夫によって昭和四六年九月九日付で作成された第六五五三号(昭和四十六年)遺言公正証書(以下本件遺言公正証書という)がある。それによると、太郎は、被告乙山花子には、母屋(但し物置を除く)をその敷地である別紙物件目録(二)記載の借地権付きで遺贈することとし、原告三名には、持分各三分の一の割合で、物置、プレハブをその敷地である同目録(四)記載の借地権付きで遺贈することとし、遺言執行者には藤沢市《番地省略》の戊花秋子(本名戊花アキ、明治三六年一二月生)が指定されており、右遺言の証人には右戊花秋子と横浜市《番地省略》の戊月冬子がなった。

(四) しかしながら、本件遺言公正証書は次に述べる事由によって無効である。即ち、公正証書遺言作成の場合には、遺言証書作成中は終始二人以上の証人が立会っていなければならないのに、証人戊花秋子、同戊月冬子は、亡太郎が公証人に対し遺言を口授し、かつ、公証人が右口述を筆記する間中、右公証人と亡太郎から大分離れた所に座っていてその口授の内容、筆記の内容を全然聞知していなかったから、本件遺言公正証書の作成手続は民法九六九条に定める方式に違背し無効である。

(五) かくして、亡太郎の右遺言が無効であるから、原告三名と被告乙山花子との相続分は原則に戻り、原告三名が各九分の二、被告乙山花子が三分の一となるが、民法九〇三条二項に「贈与の価額が、相続分の価額に等しく、又はこれを超えるときは、受贈者はその相続分を受けることができない」と定められているので、被告乙山花子に亡太郎の相続分を受ける権利があったかということである。

(六) 亡太郎は、被告乙山花子のために、本来扶養義務のない前記松子、同被告の先夫との間の二女松枝(昭和一六年一一月生)及び同被告の義母である乙花ハル(明治一九年一一月一六日生、昭和五一年五月二五日死亡)らを我が娘、実母同様に養った。即ち、亡太郎は、被告乙山花子と内縁の夫婦となった昭和二五年五月から仕送りをし、昭和二六年三月には右松枝を、同三四年四月には右松子を、同三六年秋には右ハルを引き取って教育費を含む生計費を全て負担した。のみならず、右松子、松枝の結婚費用も右太郎が支出した。これら生計費が亡太郎の遺産分割時を一応昭和五二年としていか程になるかを、生活保護法に基づく厚生省の同年度最低生活費の算出方法によって計算すると、別紙計算書のとおり合計金三〇五八万八六〇四円となり、これを被告乙山花子に対する生前贈与の価額とすべきである。

(七) そうすると、亡太郎が相続開始の時において有した遺産の標準額は、前記(六)の金三〇五八万八六〇四円に別紙物件目録記載の建物及び借地権価額の合計金二三五六万七〇〇〇円を加えた金五四一五万五六〇四円となる。従って、被告乙山花子の取り分は右金額の三分の一に当る金一八〇五万一八六八円となるが、前記(六)の亡太郎が松子、松枝、ハルに対して支出していた生計費金三〇五八万八六〇四円を同被告に対する「生計の資本としての贈与(民法九〇三条一項)」とみると、その生前贈与の額は同被告の相続分をはるかにこえているから、同被告には亡太郎の遺産を相続する権利を全く有さなかったことになる。

よって、亡太郎の遺産である別紙物件目録(一)、(三)記載の建物の所有権と、同目録(二)、(四)記載の借地権とは、原告三名によって法定相続分である各三分の一宛相続されたことにより、原告三名が三分の一宛の共有持分権(準共有持分権)を取得したことになる。

(八) しかるに被告乙山花子は、本件遺言公正証書による遺贈に基づき別紙物件目録(一)記載の建物につき横浜地方法務局神奈川出張所昭和四九年四月八日受付第二三三〇九号をもって所有権移転登記を経由しており、また被告戊田松夫は、同目録(三)記載の建物につき、同出張所昭和三九年三月二六日受付第一二二九二号をもって実体にそぐわない所有権保存登記を経由している。

(九) ところで、被告乙山花子は、原告三名の共有にかかる別紙物件目録(一)、(三)記載の建物を占有し、これを一部第三者に賃貸し、あるいは自ら居住していることによって次のとおり賃料もしくは賃料相当の収益を得ている。

1 母屋

(1) 一階の一部 約三九・六六平方メートル

賃借人 B

月額賃料 昭和四九年三月五日時点 金二万円

同五二年七月二五日時点 金二万六五〇〇円

(2) 二階 三九・六六平方メートル

賃借人 C、D

月額賃料 昭和四九年三月五日時点 金二万五〇〇〇円

同五二年七月二五日時点 金三万三〇〇〇円

(3) 一階 約七三・五三平方メートル、物置九・九一平方メートル、計八三・四七平方メートル

使用者 被告乙山花子

月額賃料相当額 昭和四九年三月五日時点 金五万円

同五二年七月二五日時点 金六万五五〇〇円

2 プレハブ

賃借人 E

賃料 昭和四九年三月五日時点 金二万二五〇〇円

同五二年七月二五日時点 金三万円

従って、相続開始時たる昭和四九年三月五日時点における被告乙山花子の月額賃料等の収益は金一一万七五〇〇円であり、同五二年七月二五日時点におけるそれは金一五万五〇〇〇円であるから、昭和四九年三月五日ないし同五二年七月三一日までは金四八〇万二三三九円、昭和五二年八月一日ないし同五四年六月三〇日までは金三五六万五〇〇〇円で合計金八三六万七三三九円となる。

そこで右金員の三分の一宛に当る金二七八万九一一三円宛及びこれに対する昭和五四年七月一日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金は、原告ら各自が取得し得べき分である。

また被告乙山花子が、昭和五四年七月一日以降に取得する右月額賃料等の収益金一五万五〇〇〇円については、三分の一宛に当る金五万一六六六円宛は原告ら各自が取得し得べきものである。

(一〇) よって、原告らは、被告らに対し第一の主位的請求の趣旨のとおり判決を求める。

(予備的請求の原因)

(一) 主位的請求の原因(一)ないし(三)の事実と同一であるからこれを引用する。

(二) 本件遺言公正証書による遺言が有効であるときは、原告らは、被告乙山花子から各九分の一の遺留分を侵害されたことになるので、遺留分減殺請求をする。

(三) 被告乙山花子の原告らに対する遺留分の侵害の有無を決定する遺産の標準額は、主位的請求の原因(七)の冒頭に述べた生前贈与分金三〇五八万八六〇四円に別紙物件目録記載の建物の価額及び借地権の価額計金二三五六万七〇〇〇円を加えた金五四一五万五六〇四円である。

従って、原告ら各自の相続分価額は右金額の九分の一に当る金六〇一万七二八九円であり、原告三名では金一八〇五万一八六八円である。また被告乙山花子の取り分は右金額の三分の二に当る金三六一〇万三七三六円である。

そこで民法一〇三三条の減殺の順序により原告三名が前記借地権と建物の価格から各金六〇一万七二八九円を取得し得ることになり、右借地権と建物に対する原告らと被告乙山花子との取り分の割合は、原告らが各自、二三五六万七〇〇〇分の六〇一万七二八九(二五・五三二六八%)であり、被告乙山花子が二三五六万七〇〇〇分の五五一万五一三三(二三・四〇一九三%)である。

(四) つぎに被告乙山花子は、相続開始時たる昭和四九年三月五日以降において、別紙物件目録(一)、(三)記載の建物を一部第三者に賃貸し、かつ、自らが居住することによって、主位的請求の原因(九)に述べたとおり、昭和四九年三月五日から同五二年七月三一日までの収益は金四八〇万二三三九円であるから、右金額のうち前述の各二三五六万七〇〇〇分の六〇一万七二八九に当る各金一二二万六一六六円宛及びこれに対する同年八月一日以降完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金は原告ら各自が取得し得べき分である。

また被告乙山花子が昭和五二年八月一日以降に取得する主位的請求の原因(九)において述べた収益月額金一五万五〇〇〇円について、前示割合による金額である各金三万九五七五円宛は原告ら各自が取得し得べきものである。

(五) 主位的請求の原因(八)と同一であるからこれを引用する。

(六) よって、原告らは被告らに対し予備的請求の趣旨のとおりの判決を求める。

二  答弁

(主位的請求の原因に対する答弁)

(一) 請求の原因(一)の事実は認める。

(二) 同(二)の事実中、太郎がプレハブを建築してこれを自己の所有としたとの点は否認し、その余の事実は認める。

本件プレハブは被告戊田松夫が昭和三八年一〇月頃建築してその家族とともに居住していたが、昭和四二年九月頃同被告が岡山県倉敷市に転居するに際しこれを太郎に譲渡したが、同人が死亡するまでにその所有権移転登記手続がなされていなかったものである。なお、原告ら主張の附属建物(物置)は、買受当時既に朽廃しており、買受後太郎がその跡に約九・九一平方メートルの物置を作り現在にいたっている。

(三) 同(三)の事実は認める。但し、遺贈の目的物件たる物置は公正証書作成当時から現存する前記の物置であって、附属建物として登記簿上表示されている物置ではない。

(四) 同(四)の事実中、本件遺言公正証書が無効であるとの点は否認し、その余は争う。本件遺言公正証書は戊花、戊月両証人の立会のもとに適法に作成されたものである。

(五) 同(五)の主張は争う。

(六) 同(六)の事実中、松子、松枝、ハルらが太郎と同居していた間太郎からそれぞれの環境、地位に応じた処遇を受けたことは認めるが、太郎が同居中の右三名の一切の生計費や結婚費用を支出したとの主張は否認する。松子、松枝の両名は一八才になるまで戦死した父亡乙田松太郎の遺児として年金を支給されていたし、結婚の準備も自分でした。またハルの生活費はハルが自分で負担していた。しかして、仮りに太郎が右三名のために若干の生計費などの支出をしたとしても、これをもって太郎が被告乙山花子に対してなした「生計の資本としての贈与」に該るものとは到底認められない。

(七) 同(七)の主張は否認する。

(八) 同(八)の事実中、被告乙山花子が遺言執行者から遺贈の目的物件につき所有権移転登記を受けたこと及び被告戊田松夫が本件プレハブにつき所有権保存登記を経由したことは認めるが、その余は争う。

(九) 被告乙山花子が原告ら主張の母屋の一部及びプレハブを第三者に賃貸し、母屋の一部に居住していることは認めるが、その余は争う。但し、その賃貸及び自己使用の関係は次のとおりである。

1 母屋の賃貸借関係

(1) 一階の一部 約三九・六六平方メートル

賃借人 B

賃料 昭和四九年三月頃一ヶ月一万七〇〇〇円

同五一年一月以降一ヶ月一万九〇〇〇円

(2) 二階の全部 三九・六六平方メートル

賃借人 昭和四九年四月一日から同五〇年七月までC

(賃料一ヶ月二万円)

昭和五〇年八月以降D

(賃料一ヶ月二万五〇〇〇円)

2 プレハブの賃貸借関係

賃借人 E

賃料 昭和四九年三月頃一ヶ月一万八〇〇〇円

昭和五一年一月以降一ヶ月一万九〇〇〇円

3 被告乙山花子の使用している母屋部分の面積

約七三・五六平方メートル

なお、被告乙山花子は、固定資産税や借地の地代も支払っている。

(一〇) 同(一〇)は争う。

(予備的請求の原因に対する答弁)

(一) 予備的請求の原因(一)の事実に対する答弁は、主位的請求の原因に対する答弁(一)ないし(三)に同じであるからこれを引用する。

(二) 同(二)の主張は否認する。本件遺言公正証書によれば、原告らは別紙物件目録(三)記載のプレハブ及び現存する物置及びその敷地である同目録(四)記載の宅地の借地権の遺贈を受けているのであるから、被告乙山花子が原告らの遺留分を侵害している事実は存在しない。

(三) 同(三)の主張事実は否認する。

(四) 同(四)の事実中、被告乙山花子が本件母屋及びプレハブを第三者に賃貸し、母屋の一部に居住していることは認める(その具体的内容は主位的請求の原因に対する答弁(九)に述べたとおりである)が、その余は争う。なお、プレハブの賃貸人は原告三名であるから、被告乙山花子の受領している賃料は何時でも清算支払の用意がある。

(五) 同(五)については主位的請求の原因に対する答弁(八)と同一であるからこれを引用する。

(六) 同(六)は争う。

第三証拠関係《省略》

理由

一  原告らの主位的請求について判断するのに、請求の原因(一)の事実及び同(二)の事実中、プレハブを亡太郎が建築したとの点を除くその余の事実(プレハブが亡太郎の所有となった事実を含む)並びに同(三)の事実は、当事者間に争いがない。

二  原告らは、本件遺言公正証書が民法九六九条に定める方式に違背して作成せられたもので無効である旨主張するので、この点について検討するのに、《証拠省略》を総合すると次のような事実が認められ、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  被告乙山花子は、F家裁調停委員であったところ、同僚の戊花アキ(本件遺言公正証書の立会証人)等より本件遺言の数年前から、同被告が亡太郎の後妻であり先妻の子である原告らが存在したことから、財産について亡太郎の遺言をして貰っておいた方がよいと助言されていた。

(二)  公証人甲原杉夫は、その妻が被告乙山花子とG高女の同窓であるところから、その妻を通して同被告が他人から遺言書を作って貰っておいた方が良いと助言されているとの話をきいて同被告のことを知った。

(三)  被告乙山花子は、昭和四六年六、七月頃亡太郎から本件母屋を同被告の名義にしておくように云われ、その気があるなら遺言にして貰おうかと云い、遺言書の作成を右公証人に依頼することとし、同年八月頃同公証人役場事務所を訪ずれて相談したところ、同公証人より遺留分のこともあるから原告らのことも考えておくように云われ、遺言公正証書を作るなら、事前にメモか下書を用意し、それに登記簿謄本、戸籍謄本、印鑑証明書等を準備するよう指示を受けた。

(四)  そこで被告乙山花子は、亡太郎と相談して、本件母屋(物置を除く)とその敷地の借地権(別紙目録(二)記載)は同被告が、物置とプレハブ及びその敷地の借地権(同目録(四)記載)は原告三名がそれぞれ贈与を受けることとし、その旨を記載したメモと登記簿謄本、戸籍謄本、印鑑証明書等を用意してこれを同被告が亡太郎の名前を書いて封筒に入れて同月二〇日付であらかじめ同公証人に送付しておき、本件遺言当日に右戊花アキと被告乙山花子の一〇数年来の友人である戊月冬子の二人を遺言の立会証人に依頼して亡太郎と四人で右公証人役場に赴いた。

(五)  公証人甲原杉夫は、右証人二名の住所、氏名などをきき、証人適格者であることを確かめたのち、その二人を右役場事務室の公証人席から五米位離れた公証人席での話し声のききとれない事務室入口附近の待合席に待たせ、亡太郎と被告乙山花子の二人だけを前にして右太郎から右乙山花子の助言、説明を受けながら、先に受け取ったメモを示して遺言の内容についての口授を受け、前示公正証書記載と同一内容の遺言を原稿にしたため、事務員に命じてこれを公正証書に筆記させ、文面が出来上ったところで、右証人二名を公証人席に呼びよせ、今度は被告乙山花子を前記待合席に退席させた上、亡太郎に対し右公正証書文面を示してこの通り間違いないか確かめたのち、亡太郎と右証人二名の面前で亡太郎にはメモを見せながら右文面を読みきかせ、太郎に間違いないか確かめたのち、証人二名に対しては亡太郎のいう通り作成したと告げ、亡太郎と証人二名にそれぞれ署名させ、各名下に捺印して本件遺言公正証書を完成した。

以上の事実を認めることができ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

ところで、民法九六九条によると、公正証書遺言をするには、立会が必要とされる二人以上の証人が遺言の最初から終りまで立会うことを要し、かつ、その遺言の趣旨が公証人により正確に筆記されたことを確認するのを要するのであるが、右事実によると、本件遺言に当り、証人戊花アキ、同戊月冬子は、公証人甲原杉夫が遺言者亡太郎から遺言の口授を受け、かつ、これを公正証書に筆記するまでの間、これに立会っていないことが明らかであるから、本件遺言公正証書の作成手続は同法条に定める方式に違背し無効といわねばならない。

三  してみると、右遺言公正証書による遺贈を原因として、別紙物件目録(一)記載の建物につき横浜地方法務局神奈川出張所昭和四九年四月八日受付第二三三〇九号をもって被告乙山花子のためになされた所有権移転登記(この存在は当事者間に争いがない)は、その登記原因を欠く無効のものというべきである。しかして、亡太郎の遺産に対する相続は法定相続の原則に戻り、原告三名が各九分の二宛、被告乙山花子が三分の一の割合で相殺することとなるから、別紙物件目録(一)及び(三)記載の建物は右の割合で原告三名と被告乙山花子が共有し、同目録(二)及び(四)記載の借地権は右の割合で原告三名と被告乙山花子が準共有することとなる。

四  しかるところ、原告らは、亡太郎の被告乙山花子の長女松子、二女松枝及び養母ハルに対する生活費、教育費等の支出は、亡太郎の同被告に対する民法九〇三条一項の生計の資本としての贈与に該当する旨主張するのでこの点について判断するに、《証拠省略》を総合すると次のような事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

(一)  亡太郎は、H大学卒業後I新聞社に勤め、戦時中陸軍主計将校として七年位勤務し、終戦後再びI新聞社に戻り、昭和二九年に定年で退職し、その退職金一五〇万円のうち金一〇〇万円で別紙物件目録(一)記載の建物及びその敷地である同目録(二)、(四)記載の土地借地権を取得し、他に所有していた山林の売却代金四〇万円を投じて右建物(母屋)に修理を加えてこれに居住し、その後K、L新聞等に勤務し役員待遇を受けていた。

(二)  被告乙山花子は、亡太郎と結婚してからは、原告甲野春子が病身であり、原告乙山一郎、同丙川夏子は年少であったので家事一切は同被告が当り、一方でF家裁の調停委員を一〇年位勤務し、また自宅で他人に洋裁を教授したりした。そして昭和二七年以来二女松枝を同居させて養育し、昭和三四年九月頃からは中学校を卒業した松子(同女が中学在学中は一ヶ月二、三〇〇〇円の仕送りをしていた)も引取り、昭和三六年九月頃からは養母のハルも引取って一緒に生活するようになった。右松子、松枝は何れも高等学校卒業しており、これらの生活費、教育費等は、亡太郎の被告乙山花子に毎月渡された生活費の中からも支出されたが、松子、松枝の両名にはその父が戦没将校であったので相当額の遺児手当が支給されており、またハルは福岡に貸家を有していて収入もあったので、その全部というわけではなかった。

(三)  また右松子、松枝らは、何れも高等学校卒業後は就職して働いた収入から食費として若干を被告乙山花子に差出したし、またこれを貯金しておいて結婚費用に当てている。

右事実によると、被告乙山花子の二女松枝、長女松子及び養母ハルの生活費、教育費等に亡太郎の収入から或る程度の支出がなされたことは認められるけれども、原告らが計算する金額がこれに相当することを認めるに足りないし、またこれらの支出は被告乙山花子が担当していた家計費の中からなされたものであるところ、その中には同被告の家事労働等の対価たる部分も含まれているものと考えられ、これをもって亡太郎の被告乙山花子に対する生計の資本たる贈与と解することも困難である。

しからば、原告らの右支出を被告乙山花子に対する生前贈与分として計算し、本件不動産に対する被告乙山花子の相続分が皆無となり、これら不動産のすべてが原告三名のみの共有、もしくは準共有に属することを前提とする原告らのその余の被告乙山花子に対する本件母屋の明渡請求及び金員の請求は、共有物分割等の請求をするのであれば格別、その前提において理由がないものというほかはない。

五  原告らの被告戊田松夫に対する請求について判断するのに、本件プレハブにつき、同被告名義で原告ら主張の如き所有権保存登記がなされていることは当事者間に争いがないところ、《証拠省略》によれば、本件プレハブは、昭和三九年頃松子の夫である被告戊田松夫が右松子が妊娠して住いに困り、同被告が建築申請を出し金六〇万円を出資して建築したものであること、しかしその敷地は亡太郎の借地であったから、昭和四二年同被告夫婦が他へ引越すに当り、亡太郎が金二〇万円、ハルが亡太郎のために金三〇万円を出して亡太郎が譲渡を受けたものであることが認められ、他にこの認定を覆すに足りる証拠はないから、右プレハブは被告戊田松夫が原始的に取得したものというべく、この建物が当初から亡太郎が建築し、亡太郎の所有であることを前提とする右プレハブの同被告名義の所有権保存登記の抹消を求める請求は、その前提において理由がない。

六  以上の次第で、本件不動産につきなされた亡太郎の本件遺言公正証書による遺言は無効であるから、これが有効である場合の原告らの遺留分減殺等の予備的請求については、判断する必要がない。

七  よって、原告らの被告らに対する本訴請求は、主位的請求につき、被告乙山花子に対し、本件遺言公正証書による亡太郎の遺言が無効であること、別紙物件目録(一)、(三)記載の建物につき原告三名が各九分の二宛の割合の共有持分権を有すること及び同目録(二)、(四)記載の宅地借地権につき原告らが同割合で準共有することの各確認を求め、同目録(一)記載の建物につきなされている被告乙山花子のための前示所有権移転登記の抹消登記手続を求め、同目録(一)、(三)記載の建物につき昭和四九年三月五日相続を原因として原告三名につき各九分の二宛の割合の共有持分権移転登記手続を求める限度において正当としてこれを認容すべく、同被告に対するその余の請求並びに被告戊田松夫に対する請求は失当としてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高橋久雄)

〈以下省略〉

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